ラオスに派遣した石井勇人君(ボランティア学生)の報告です。

2014年12月04日

2014年8月2日から19日の期間、学生ボランティアとして東海大学大学院体育学研究科1年の石井勇人君をラオスに派遣しました。石井君からの報告書です。

【ラオスナショナル柔道チームと】

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ラオスナショナル柔道チーム指導を経験して
東海大学大学院体育学研究科 石井 勇人

 この度、2014年8月2日~19日の間、NPO法人柔道教育ソリダリティーからの派遣により、柔道技術指導のため、ラオス人民民主共和国へ行ってまいりました。
私自身、現在、母校である東海大学柔道部のコーチを努めさせていただいていますが、海外選手への指導は今回が初めてでした。
以前から海外柔道指導に興味を抱いていた私の元に、このような機会が舞い込んだ事に喜びを感じたとともに、言葉が通じない海外選手への指導について、出発前の私は非常に不安を感じていました。
 そんな中、日頃からお世話になっています、東海大学柔道部師範、光本健次先生のご提案で、ラオス出発までの約3週間、海外選手への指導経験を積むべく、東海大学へ来日していた、キルギス女子柔道ナショナルチームへの指導を行うことになりました。いざ、キルギスチームへの指導を行う中で、言葉の壁が非常に厚く、伝えたい事が伝わらず困難の連続でした。そんな中、海外指導経験が豊富である、光本健次先生は、戸惑う私に対し、『伝える手段は、言葉だけではない。愛情を持って指導を行うことが重要である』とのアドバイスを頂きました。片言の英単語と身振り手振りの表現に加え、何より気持ちを込めた指導を心掛けるうちに、次第に選手とコミュニケーションをとることが出来き、意思の疎通が出来はじめました。また、光本健次先生から、以前の私の中の指導法概念にはなかったようなアイディアを丁寧かつ的確に、時には厳しくご指導して頂きました。光本健次先生には非常に感謝をしております。キルギスチームへの指導を経験したことで、不安でいっぱいだった私は少しだけ自信をつけてラオスへ旅立つことが出来ました。光本健次先生ありがとうございました。

8月2日、希望と不安を胸にラオスへ出発しました。ラオスは東南アジア諸国に比べ人口も資源も少なく、最貧国の一つであります。到着後、衛生環境にも問題点が多く、ラオスは発展途上国である現状がすぐわかりました。
到着3日後から、派遣先であるラオス柔道ナショナルチーム合宿に参加し、指導を行いました。合宿所である施設は日本の援助の元建設されただけあり、想像よりも立派なものでした。ただ、電気代節約のためクーラーの使用は禁止されていました。
 ナショナルチームは、男女合わせて20名程度(男子約15名、女子約5名)でした。
稽古内容は、週末を除き、朝練、午前練、午後練の1日3回練習を、月曜日から金曜日まで繰り返します。ラオス柔道のレベルは、日本に比べるとまだまだ歴然の差があり、日本の高校生位のレベルでした。しかし、彼らの運動神経は非常に高く、走る事、身のこなしがとても巧く、日本人にはない素質を兼ね備えていました。比較的、走りには自信があった私ですが、ランニングトレーニングでは彼らについていくのがやっとでした。選手の年齢層は18才〜30才前半であり、中には学校の授業や仕事のため、やむ負えず、練習に遅れたり、参加出来ない選手もいました。ナショナルチームとはいえ、日本のように柔道だけに集中できるような環境ではありませんでした。中には、生きていくために必死で働きながら柔道に打ち込まなければならない、難しい状況下に置かれている選手もいました。


選手への指導は、技の講習会のように全員を集め、技を披露するかたちのみならず、実際の練習の中で、気づいた点があれば、呼び止め、細かい技術指導を行なうかたちでした。私は毎日技術について質問責めに合いあいました。
柔よく剛を制し、常に一本を追求する日本の柔道は、世界の柔道家から絶大な人気があります。ここラオスでも同じであり、日本人柔道選手である私から、何か一つでも多く学びたいという貪欲な姿勢が感じられました。
しかし一方で、言われたことは忠実に取り組彼らですが、どこか指示待ちの姿勢が見られ、自分で考えようとする努力が欠けているように私には映りました。


おそらくこの理由として、ラオス柔道の指導者不足が考えられるのではないでしょうか。ラオスナショナルチームには正式なコーチがいません。選手兼コーチはいますが、常に選手のコンディションを観察し技術指導する指導者がいないのです。それに加え、仮に選手が誰かから、何か技術を教わったとしても、"そこからその技術をさらに、自分で考えて工夫するという考えを持つ事が重要である"。という指導がなされていないのではないかと感じました。改めて、彼らは指導者を必要とているのだと感じました。私がほんの少し彼らの技を修正するだけで、今まで自信がないような表情をし、稽古をしていた選手の表情が、みるみる自信と笑顔に満ちあふれ、日々上達していく姿が見受けられたのです。彼らのそんな姿から、私まで笑顔をもらい、指導に対する自信を得ることが出来ました。今後、ラオス柔道発展のために、早急な指導者探しの必要性を感じました。

また、週末には地域の町道場へ出向き、少年柔道の指導を行ってまいりました。道場には約200人ほどの子供たちが集まり柔道に汗を流していました。練習内容は、基本に忠実であり、日本と同様の練習内容でした。また、受身や礼儀、柔道家としての振る舞いに関しての指導が徹底しており、日本人の私から見ても非常に素晴らしい指導内容であると感じました。この道場では最年少が4歳でした。この国の経済状況から考えると、こんなに幼い子をはじめ、沢山の子どもたちが柔道に取り組んでいるとは想像していませんでした。


しかし、子どもたちの中には、柔道衣を着ておらず、普段着のまま柔道をしている子どもがいました。おそらく柔道衣を買うお金が無いのだろうと思います。いかに日本が恵まれているかということを実感しました。私は子どもたちを見ているうちに、ふと、『幸せとはなにか』と疑問を抱きました。世間一般でいう、『裕福な生活ができること、困難がなく無難に生きていく事』だけが幸ではないのではないか。では、幸せとは何か。何が必要なのか。その答えは、子どもたちが教えてくれました。それは『笑顔』でした。子どもたちは、必死に柔道に取り組む中でも、絶えず笑顔に満ち溢れ、遊んでいるかのように柔道に夢中になっていました。その姿を見ているうちに、『日本はとても恵まれていること。私が漠然と抱いていた幸せの定義がラオスと日本では異なる』と思いました。
 今回の活動を通し、様々なことを学びました。当初は、指導を行う上で、言葉の壁に悩まされるのではないかと不安に思っていました。しかし、実際には言葉の壁などなく、自分自身が勝手に作り出した‘心の壁‘であるということも分かりました。言葉は通じなくても何か感じるものがありました。それは『強くなりたい、試合で勝ちたい、もっと巧くなりたい』という、言葉の壁を超えた、彼らの情熱でした。柔道に対する情熱は全世界共通であり、言葉の壁を越え、柔道を通じて心の交流をはかることが可能であることを肌身で感じ、気づく事が出来ました。最終日は、別れが名残惜しく感じました。柔道を通して体と体でぶつかり痛みも感じる事ができるからこそ、相手への思いやり心が芽生情が入り込んだからだと思います。柔道に、国境は存在しないのです。柔道は素晴らしいものだと改めて感じました。
 そして、生きていく中でもっとも大切なものは、『笑顔』であると思いました。幸せに必要な事は、『名誉、地位、お金』だけではなく、世界全体が笑顔になることだと思います。そのことにも気づけたのは、柔道に携わってきたからこそだからです。
そして世界には、まだまだ貧しい国がたくさんあり、いかに日本が恵まれているかよくわかりました。日本での日常生活は、世界から見ると当たり前ではないことを改めて思い知らされました。水道の蛇口を捻ればきれいな水が出るし飲める事、暖かいお湯が出る事、トイレにペーパーがあること、マスクなしで出歩ける事、清潔な衣服を着られるという事。どれも日本では当たり前のことです。しかし、世界の国によっては当たり前ではないことがよく分かりました。
  最後になりましたが、今回このような貴重な機会を与えてくださった、NPO法人柔道教育ソリダリティー代表者の山下泰裕先生をはじめ、役員関係者の皆様、光本恵子様、小澤浩子様、そして、ラオス柔道連盟会長ケマサ様、SV(シニア海外ボランティア)坂東先生、その他多数の関係者の皆様には厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。私自身ますます自己研磨していきたいと思っております。