イスラエルとパレスティナに主導者を派遣しました!

2013年03月29日

  立命館大学柔道部監督の春日俊先生を

2013年1月31日~2月13日までイスラエルとパレスティナに派遣しました。

昨年の村田正雄先生に続き、大変実り多い派遣事業になりましたことに、

心から御礼申し上げます。

以下、春日先生のレポートです。

【イスラエル・パレスチナ柔道指導報告】

 

  【イスラエル タルバス柔道スクール】          【パレスティナの皆さんと】

この度、特定非営利活動法人柔道教育ソリダリティ-(以下、法人)からの派遣により、

1月31日から2月13日までの14間、中東のイスラエルとパレスチナ自治地区(以下、パレスチナ)において、

それぞれ一週間ずつの柔道指導をおこなった。

中東と言うと、たびたびニュース等で報道される紛争が絶えない所という印象しか持たない私にとって、

そこで暮らす人々や街の様子を知ることができる期待と不安が入り混じった気持ちのまま

現地に赴いた。

【写真は2011年12月サニックス大会で】

その一方で、2010年に法人の尽力によりサニックス旗に参加した

イスラエルとパレスチナの柔道選手たち、また東海大で研修を終えたばかりの

双方の指導者と会えることも楽しみであった。

今回の指導の第一歩、イスラエルのベングリオン空港(テルアビブ)に着いた時、

私がまだ大学1年の時(1972年5月)に起きた、日本の赤軍派による小銃乱射と

手投げ弾によるテロ事件を思い出した。

世界的に高名なイスラエルの科学者を含む、20人以上の犠牲者を出すという

世界を震撼させた大事件であった。

そんな事を考えながら入国審査場に向かうと、そこで日本大使館職員の出迎えを受けた。

私の入国と出国がスムースにいくよう、法人が外務省に連絡してくれていたお陰で

1分と掛からず審査を終えたのだが、パスポートにスタンプする代わりに既に準備されていたのか、

小さなカードのようになった紙片を手渡された。

私のパスポートに記録が残らないという国際社会におけるこの国の事情と難しさは、

私が70年代後半にやはり柔道の関係で北朝鮮を訪問した時を思い出した。

空港には東海大で研修を行ったベル氏、パレスチナからも柔道連盟副会長のジアド氏が

わざわざ出迎えてくれて恐縮した。

【写真 アディエル君と】

 空港から小一時間、エルサレムのホテルに着くと、サニックス旗に参加していたレズミ氏が、

彼の息子で東海大で合宿したことがあるというアディエル君と一緒に、

夜遅くにもかかわらず私の到着を待ってくれていた。

チェックイン後も、そのままホテル内のレストランで深夜まで話し込んだのだが、

食事に飲み物などを注文してくれた心温まる歓迎に長旅の疲れもどこかに飛んでいた。

【写真 タルバズ柔道スクールの皆さんと】

さて、イスラエルでは、カサレアという地中海に面したスポーツ施設での

少年少女が中心のトレーニングキャンプ、レズミ氏が主宰するタルパズ柔道スクール、

イスラエルで唯一柔道を正課としているセリグスベルグ高校などで

指導を行ったほか、テルアビブ郊外にあるウィンゲート(ナショナルトレーニングセンター)において

ジュニア選手を中心に交流、指導する機会も得た。

   
イスラエルでは、どこへ行っても日本の道場にあるのとほぼ同じ柔道畳が敷かれており、

それぞれ熱心な指導者の下、生徒たちはとても明るく活発な練習が展開されていた。

また、指導内容に特別な注文はなかったが、対象の多くが少年少女であったため投げ技、

固め技ともに基本を意識した指導を行った。

【写真 右からお二人がLezmi兄弟】

ところで、タルパズ柔道スクールのレズミ氏は、彼の弟ベ二ー氏と共に

10以上のクラブを運営し500名を超える生徒数を誇る柔道一家である。

また、とにかく熱心である。

そのレズミ氏兄弟をサポートする指導陣も見るからに優秀な顔ぶれが揃い、

このような指導者がいる限りここでの柔道は安泰と思わせるほどだった。

  

指導者の話に「ハイッ、先生!」と、日本人よりもハッキリとした大きな日本語で答える

生徒たちの姿が頼もしく感じた。

滞在中、指導時間の合間を縫ってレズミ氏兄弟、またレズミ氏の奥様が

多くの所を案内してくれた。とくに、ユダヤ人の聖なる場所とされている「嘆きの壁」、

ユダヤ人大量虐殺を伝える「ホロコースト記念館」が強く印象に残る。

また、塩分が海水の6倍とも言われ、地中海海面下400mに位置する塩湖「死海」では

実際に湖に入り不思議な体験をした。

【パレスティナ ハニ会長と】

訪問7日目の夜、迎えに来てくれたジアド氏の車でパレスチナへ移動した。

話に聞いていた難所(検問ゲート)をすんなり通過したのは意外に感じた。

ただ、その周辺は大渋滞でひどく混乱していたが、ジアド氏の見事なハンドル捌き?が

功を奏した形となったほか、イスラエルの日本大使館が用意してくれた文書が利いた。

パレスチナでは、柔道連盟会長のハラビ氏とジアド氏の二人と常に行動を共にしながらジェリコ、

ベスレヘム、エルサレムの各地で指導を行った。

ここでの対象は子どもと大人が半々であったが、中には東京の大学で練習したという

かなりの実力を有する若者もいた。ただ、柔道は少し荒っぽく指導者の中には空手の有段者が多いためか、

生徒たちはイスラエルの「ハイッ、先生!」から一転「オッス、オッス」が飛び交い、

私も同様に応えながら苦笑した。

パレスチナでも生徒たちはとても真剣で、どこでもかなり力の入った練習が展開されていた。

また、大人の生徒の中には柔道の形の指導を希望する者も多く、

会長の要請により講道館護身術を指導した。

ただ、訪問した道場は柔道畳ではなく柔らかいマット状の物を使用しているため、

つま先をひっかけたりすることが多く安全に気を遣った。

ベスレヘムの道場では、東海大で研修したモニエール氏が大きな体を折るようにして、

小さな子どもと組み合っている姿が微笑ましかった。

道場は小高い丘の上にある小さな集会場のような所で、その地域の世話役という人を

はじめ村人が多く見学に来ており、小さな子どもを相手に私が投げられると拍手をして喜んでくれた。

なんでも揃って恵まれた環境との印象を受けたイスラエルと違って、パレスチナはかなり見劣りがした。

訪問した道場では、一人の指導者が少年から大人まで一時に指導しているためか、

年齢はもとより技能差も大きく指導はかなり苦労しているだろうことが想像できた。

しかし、子どもたちの身体能力には見るべきものがあるため、指導者を増やし効率のよい指導が

実践されれば将来がとても楽しみであるとも感じた。

【パレスティナオリンピック会長と(左)】

パレスチナ滞在中に、オリンピック委員会会長と懇談する機会にも恵まれ、

その席で会長からガザにも行ってほしいと言われてびっくりしたが、

柔道連盟のハラビ会長が今回の予定には組まれていないので・・とやんわり断ってくれたのでホッとした。

また、オリンピック委員会会長より、柔道は強化最優先の競技であるから今後も引き続き

日本から指導者を派遣してほしいとの要望があった。

柔道指導のほかに、パレスチナでは柔道連盟とオリンピック委員会の事務所にもたびたび立ち寄り、

ハラビ会長等とよく歓談する時間にも恵まれた。

昨年のロンドンオリンピックに初めて選手を送り出したことから、

柔道の今後に対する期待の大きさも十分に感じ取ることができたし、

しばらく休刊状態だったという柔道専門誌も再刊したそうで、その並々ならぬ熱意の大きさが窺えた。

また、ナブルスという町にある学生数3万人を超えるという、国立大学の体育学部の授業に柔道を採用

するよう働き掛けもしている。

是非それが実現することを祈り、そこに日本から指導者を送り込むことができれば

柔道熱も上がるだろうと想像した。今回の柔道指導では、かつてない充実感を全身で

感じることができたように思う。

それは、派遣先に関する私の知識が乏しかったことの逆作用(知識が乏しかっただけに、

何事にもより積極的に取り組むことができたこと)と、実際の柔道指導以外に

イスラエルとパレスチナそれぞれの指導者と語り合う多くの時間をも持てたからであると思う。

当初、柔道を通した平和活動に貢献する使命を持って!と私は粋がっていた。

柔道は確かにそれを可能にすると私は信じているが、実際に紛争の絶えない現地に入って

双方の言い分を聞くにつけ、また街の真ん中にそびえる決定的な壁を目の当たりにして、

そのことがとてつもなく難しいであろうことも実感した。

【モーセン先生(左)】

しかし、私たちにできることは現地で柔道に取り組む子どもを一人でも増やすことができるよう、

これまでの活動を更に推し進める努力をすることである。

そして、やがて子どもたちが大人になった時に、少しでも考え方に変化が生まれることが

期待できるのではないかと考えるのである。

パレスチナを離れる日、日本大使館の松浦大使がパレスチナ柔道連盟会長、

副会長と私を昼食に招待してくれた。柔道による継続的な交流を応援するという大使の話に、

2016年オリンピックには複数の出場をめざすので是非お願いしたいと、

オリンピックの話題で盛り上がった。また、大使館の書記官が会長と副会長の相手をしている間に、

私は隣席の大使にイスラエルとパレスチナの関係についてレクチャーをお願いした。

けっこう時間を割いて、大使は丁寧に解説してくれた。

しかし、私にとってその内容はとても複雑で、話を聞きながら両者の関係修復に

一体どれだけ柔道が貢献できるのか・・とますます複雑な気持ちになった。

しかし、もし関係修復の兆しが見えてきた時には、法人のような地道な活動の影響が

一気に良い方向への後押しとなるでしょうと言った大使の言葉に、

柔道を通して自他共栄の精神の涵養が本当に大切であることを再認識したしだいである。

今回のイスラエルとパレスチナにおける柔道指導は、私にとってとても良い勉強の機会となった。

柔道を通して、それぞれの人びとの存在がとても身近に感じられるようになり、

国際問題にもより関心を持つようになった。

つい先日、ロシアのプーチン大統領と森元首相の会談の中でも、柔道の考え方や言葉が引用されていた。

それがたとえ片方の一方的な考え方であったとしても、柔道の精神が根底にある限り、

双方にとって何らかの形で有益となる解決の糸口が見つけられるのではないかと思う。

行く時の複雑な思いから一転、何か手ごたえを感じながら帰って来ることができたことをうれしく思う。  

春日 俊