中国柔道チーム再来日

2006年06月20日 (火曜日)

北京オリンピックへ向けた中国男子チームが6月20日、今年3回目の来日をしました。今回は、コーチ2名、選手13名での来日です。大半の選手が前回の合宿で、東海大学に来ていますので、皆これまでより、リラックスをしてゆとりをもっていると思います。中国では、あまり稽古相手がいないそうで、東海大学で、日本で思いきり稽古に励めることを、非常に喜んで日本に来ています。私は、彼らをサポートすることができ非常に嬉しく思っております。

彼らの来日に関して、色々とご支援いただいているサポーターの方々、NPO法人のメンバーの方々に心から感謝いたします。実は最近、柔道創設者の嘉納治五郎師範が、中国人留学生の日本受入に非常に力を注いでいたと知りました。

日清戦争が終わった後、中国は日本から色々なことを学ぼうと日本に留学生を派遣しました。そのはじめの受入に嘉納師範は、非常に力を注いでいたそうです。はじめの第一陣の中国からの留学生を受け入れたのが、嘉納師範です。師範は当時、東京師範学校の校長をされていました。「中国を再建して行くには、留学生を送ることが大切である、多くの中国人を日本に送りなさい。」と提案されたそうです。そして、嘉納師範は、中国の留学生が日本の大学で学ぶ前に、日本語を学ぶ機関として弘文書院というものを設立いたしました。中国の文豪の魯迅など多くの人々がここで学んだそうです。

わたしの調べた範囲では、この弘文書院は13年間続きました、その間で中国からの留学生を7000名あまりが受け入れたそうです。
私にとっては、非常に嬉しい発見でした。

そして、あの当時から嘉納治五郎師範は、「自他共栄」の思想を国内だけでなく国際関係においても、実践していました。私が現在、多くの人の力を借りて、日本と中国の架け橋にわずかであるがなろうとしていること、それは柔道創設者の目指していたものとまったく同じものであると強く感じました。
私の友人の法政大学教授の王敏さんは、このことを本の中で書かれています(外交フォーラム7月号2006年No216p82-85)。

中国柔道チームが北京オリンピックでメダルを取るためには、まだまだかなりの努力が必要です。しかし、この柔道を通した交流が日本と中国の異文化交流に少しでも役にたてばと思います。これから夏に向け暑くなりますが、中国柔道チームには、怪我に気をつけて頑張っていって欲しいと思います。