「夢は続く」
中学道徳(熊本県版)心つないで

2006年06月07日 (水曜日)

img_entry_060607.jpgめあて:柔道に対する考え方が変わっていた「私」は、どんな願いや夢を持っているかをつかもう。

「将来の夢」藤園中学校 2年 山下 泰裕

柔道が強くなりたい。強い高校、大学に進み、オリンピックで金メダルをとって日の丸を掲げたい。現役引退後には柔道のすばらしさを世界の人々に広げたい。

私は「立志の式」で、これからどうやって生きていくのか、どんな人間になりたいかを書いた。

阿蘇山一帯に降りそそいだ雨は伏流水となって熊本市内で湧水し、60万都市熊本をうるおす。その伏流水が上益城郡の矢部郷にも豊富な水をもたらしている。私はその矢部町(現山郡町)浜町で、1957(昭和32)年6月1日、父六男、母倭子の長男として生まれた。

小さいころから体が大きく、けんかをしては相手を泣かせ、学校から帰るとかばんを放り出して野山を駆け回っていた。手がつけられない腕白坊主の私を、町道場に連れて行ったのは非行と肥満を心配していた母だった。小学校4年生になったばかりの春である。

中学校は、祖父(泰蔵)の勧めもあり、親元を離れ、当時熊本でいちばん柔道の強い藤園中に祖父の家から通った。

柔道部監督の白石先生との練習の日々は激しく厳しいものであった。「もっと動け!そらもっと速く!」100キロの体が激しく動く、息遣いは荒く、ヒューヒューとのどに鳴り、汗も出つくしたと思えるほど流れる。これはまさに、体力の限界を超えており、もう精神力で闘っている。ある日、そんな状態のときに、ぶっ倒れる寸前に能力以上の技が無意識に出て稽古相手をしてくれていた小柄な監督の体が宙に舞った。「これだ」監督の声が思わず高くなり、興奮しているような絶叫ぶりだ。吐きながら、自分でもわからない中に出た「大外刈り」であった。

練習が終わって外に出れば、もう真っ暗。熊本城の天守閣が照明等に照らされてくっきりと浮かんでいる。バスに乗り、くたくたに疲れた体をひきずって帰りつく。「泰裕がんばったなあ。うんとうまかつば作ってやっぞ。」祖父のねぎらいの声と栄養満点の食事は心と体にしみ込んで行った。

「きみたちは柔道の勝者を目指すだけでなく、社会に出て役に立つ人間を目ざせ。柔道にはルールがある。一人ではできない。相手を尊重する気持ちと思いやりがなければいけない。強くなりたかったら素直な気持ち、礼儀を大切にしなさい。」とうい白石先生の教えは暴れん坊の私を生まれ変わらせてくれたのであった。

その後、私は19歳(東海大学2年)の時、全日本選手権史上最年少優勝(その後九連勝を果たす)、22歳で世界選手権金メダル(以後3連覇)と勝ち続けた。

1984年ロサンゼルスオリンピックで、私はまったく予期しなかった絶体絶命のピンチに襲われた。軸足右ふくらはぎに肉離れを負ったのだ。決勝戦の相手は、エジプトの巨漢ラシュワン。この時、私は始めて「勝ちも負けも関係ない」という気持ちになり、まったく無の状態で、あらんかぎりの力をふりしぼり、抑え込みで決めた。子供の頃からの夢が実現した瞬間であった。

このころからである。「勝てばいい。結果がすべてじゃないか。」という考え方に疑問を感じて、何かを求めるようになった。東海大学の創始者、松前重義先生はこう言われた。僕が君を応援するのは、試合に勝ってほしいかではないんだよ。柔道を通じて、世界の多くの若人と友好親善を深め、スポーツを通じて、世界平和に貢献できる。そんな人間になってほしいからなんだよ。」この言葉が私の人生を豊かにする支えとなった。そして、少しずつ柔道対する考え方、向き合い方が変わってきた。(ただ勝ち負けだけじゃない。柔道をとおして人間的成長をしていかなければいけない。闘う相手は敵じゃなく、ともに助け合い、柔道を学び合う仲間なんだ。)そんなことを考えるようになった。

1984年10月、国民栄誉賞をいただき、翌年6月、203.勝で現役を引退してから、自分のこれからの役割は、スポーツをとおして世界平和友好親善に力を尽くすこと」であると自覚した。現在、国際柔道連盟に加盟している国と地域は一九五もある。「柔道をとおしての人づくりをしていこう。」と、2002年秋からは国際柔道連盟の教育・コーチング担当理事に就任し、各国で柔道の指導をしている。また、世界の貧しい国々にリサイクルの柔道着を送ろうという運動も行なっている。1990年から国際柔道連盟と全日本柔道連盟、東海大学が合同事業としているもので、すでに世界131か国に3万着以上ものリサイクル柔道着を送っている。世界のあちこちに行ってみて、さまざまな文化や考え方をもつ人がいることを改めて知った。これからの私の仕事は、日本で生まれた柔道を、世界の中で発展させていくことである。

そして今、私が願っているのは子供たちに生き生きとした笑顔が戻り、世界中の人々がずっと安心して暮らせるように力を合わせて生きていく仲間をつくっていくことである。

まだまだ私の夢は続いている。大好きな柔道のすばらしさを世界に広げるという夢は、これから死ぬまで続けていける仕事なのである。私は、一生、夢の途中でいられる、こんな幸せなことがあるだろうか。

中学生の皆さん。未来に向かって夢をもち、力強くたくましく歩んで行ってほしい。そして、日本人としての誇りを持って、世界の平和や人類の幸せのために共に尽くそうではなりませんか。


てびき:「私」の生き方の素晴らしいところはどこだろう。また、それらを、自分の生き方にどう生かしていけばよいだろうか。ノートにまとめよう。